映画『バックルームズ』レビュー|“意味がわからない怖さ”に迷い込む映像体験。

黄色い壁紙、蛍光灯の低い唸り(ハム音)、どこまで歩いても終わらない部屋……
『バックルームズ』は、インターネット発の都市伝説を長編映画へと拡張した、かなり異色のホラー作品です。
もともとは匿名掲示板に投稿された1枚の画像から始まり、その後、世界中のユーザーが設定や物語を追加。さらに当時16歳だった映像クリエイター、ケイン・パーソンズがYouTubeで公開した『The Backrooms (FOUND FOOTAGE)』によって、一気に世界的な現象となりました。
そして、そのパーソンズ本人が映画スタジオからの誘いを受け、長編映画版の監督を担当したのが本作『バックルームズ』です。
試写で観てまず感じたのは、「これを映画館でやると、こんなに怖いのか」という驚きでした。血まみれの恐怖でも、突然大きな音で驚かせるだけのホラーでもありません。
「この場所は何なんだ?」
ただそれだけで、じわじわと不安になっていく。そんな“意味がわからない怖さ”を大スクリーンで体験する映画です。
『バックルームズ』はどんな映画?
舞台は1990年代。主人公クラークは、大型家具店を営む男性です。かつては建築家を志していましたが、現在は家業を継いで店を経営中。一方で私生活では妻との関係が破綻しかけており、酒に頼りながら、セラピーを受けて何とか生活を立て直そうとしています。
そんなある日、家具店の電気系統に異常が発生。調査を進めると、地下の配電盤に用途不明のスイッチがあることがわかります。さらに店の地下には、本来あるはずのない空間への入口が存在していました。
壁を抜けた先に広がっていたのは、延々と続く部屋。家具店の地下に収まるとは到底思えない広さです。どこまで行っても終わりが見えない。高さも深さもわからない。
しかも、そこにはクラークたち以外の“何か”がいる。そこから、クラークは憑りつかれるようにこの異常な空間の正体を探り始めます。
そもそも「バックルームズ」とは?
まず知っておきたいのが、『バックルームズ』は最初から映画作品として生まれたわけではない、ということです。きっかけは2019年。匿名掲示板4chanに、黄色い壁紙と蛍光灯、古びたカーペットが映った誰もいない部屋の画像が投稿されました。そこに、「現実から外れてしまうと、この空間へ落ちる」といった設定が加えられ、ネット上で急速に広がります。
そこから世界中のユーザーが、
「この先には何があるのか」
「何階層あるのか」
「どんな存在が潜んでいるのか」
と設定を付け足していきました。
つまり、誰かひとりが最初から完成させた世界ではありません。ネット上のユーザーたちが共同で育ててきた都市伝説です。こうした文化は「デジタルフォークロア」と呼ばれています。
デジタルフォークロア …… インターネット上で、たくさんの人が物語や設定を付け加えながら広がっていく現代版の民間伝承。『バックルームズ』は、その代表的な存在です。
YouTube版が世界観を一気に広げた
『バックルームズ』を世界的に有名にした大きな存在が、ケイン・パーソンズです。パーソンズは16歳だった2022年、自らCGを制作し、YouTubeへ『The Backrooms (FOUND FOOTAGE)』を公開。誰かが撮影したテープが後から発見された、という体裁の短編映像でした。
これが大きな話題となり、YouTubeシリーズは世界中にファンを増やしていきます。
そしてA24とプロデューサーのジェームズ・ワンらが映画化を企画。驚くのは、別の有名監督へ任せるのではなく、パーソンズ本人がそのまま長編映画の監督になったことです。


商業長編映画としてはまったくの初監督作(しかも年齢は20歳!)。それなのに、観終わった印象は「いきなりとんでもないものを作ったな」でした。ネットで生まれた独特な恐怖を、映画向けに別物へ作り変えてしまうのではなく、その感覚を残したまま大きくしています。
「リミナル・スペース」が怖い
『バックルームズ』を理解するうえで、もうひとつ重要なのが「リミナル・スペース」です。


リミナル・スペース …… 学校の廊下、ホテルの通路、深夜のオフィスなど、本来なら人がいるはずなのに誰もいない空間。見慣れているはずなのに、なぜか居心地が悪い。懐かしいようで、不安になる。そんな場所を指す言葉として、ネット文化の中で広く使われています。
『バックルームズ』の黄色い部屋は、まさにその代表例です。
蛍光灯がある。
カーペットもある。
壁紙も普通です。
でも、どこかがおかしい。
人間が使うための場所に見えるのに、人間のことを考えて作られた空間には見えません。
扉の位置。
壁の形。
空間の広さ。
階層のつながり。
全部が少しずつズレています。
この映画の怖さって、ここなんですよね。「何かが出てきそうだから怖い」だけじゃない。
場所そのものが怖い。
“意味がわからない”こと自体が恐怖になる
試写で観ながら何度も思ったのが、「これ、何なんだ?」でした。
家具店の地下にあるはずなのに、広さがおかしい。下を見ても底がない。上を見てもどこまで続くかわからない。部屋から部屋へ進んでも、出口が近づいているのか遠ざかっているのかすらわからない。この“理解できなさ”が、本作ではそのまま恐怖になります。
スプラッター映画のような怖さではありません。何かが突然飛び出すことだけを狙った映画でもない。
「現実のルールが通用しない場所に入ってしまった」
という感覚が、ずっと続きます。個人的には、これがかなり新鮮でした。
蛍光灯の「ブーン」が怖い
音もかなり重要です。特に印象的なのが、蛍光灯の低いハム音。
「ブーン……」


という、普段なら気にも留めない音です。でも、誰もいない空間で、その音だけが延々と鳴り続けると、急に不気味になるんですよ。これらの音響についてはパーソンズ自身がYouTube版から積み重ねてきた感覚を生かし、空間の不安を高める効果として使っています。
静かすぎるのも怖い。でも、ずっと低い音が鳴っているのも怖い。この音響は、映画館でかなり効きます。
巨大セットで再現した“無限空間”
映像面もかなり面白いです。YouTube版ではCGを駆使して作られていた『バックルームズ』ですが、映画では巨大な実物セットも制作されています。なんと約2,800平方メートル規模の巨大セットが組まれ、黄色い壁紙やカーペット、柱、空間の形まで細かく作り込まれました。もちろんVFXも使用されています。
ただ、俳優が実際に歩いている空間があることで、「本当にここにいる」感じが強くなっています。CGで無限に作れる空間を、あえて物理セットを組む。この発想が面白いです。
映像を見ていても、「これ、どこまでセットなんだろう?」と思う場面がかなりあります。
登場人物が少ないからこそ、空間が主役になる
主要な登場人物はかなり少なめです。主人公クラークを演じるのは、キウェテル・イジョフォー。セラピストのマリーを演じるのは、レナーテ・レインスヴェです。この2人の演技がしっかりしているからこそ、かなり奇妙な設定でも映画として成立しています。
逆に言えば、本作は人間ドラマを大人数で回す映画ではありません。空間そのものに時間を使っています。
クラークが歩く。
立ち止まる。
音を聞く。
遠くを見る。
何かがおかしいと気づく。
その時間が長い。だからこそ、観客も一緒に空間へ放り込まれます。「設定だけで、ここまで面白い映画が作れるんだ」という感覚がありました。
クラーク、ちょっと進みすぎじゃない?
とはいえ、観ながら笑ってしまったところもあります。それがクラークの行動力です。普通なら、「壁の向こうに意味のわからない空間がありました」となった時点で、いったん行政なり警察なり誰かに相談したくなると思うんですよ。
でもクラークは、結構行きます。
かなり行きます。
「そこまで行く?」
と思うぐらい奥へ進みます。もちろん、妻との別離や仕事の不調、酒への依存、セラピーを受けているという人物背景があるため、正常な状態の人より危うい部分はあります。
それでも、「冒険しすぎじゃない?」という感覚はありました(笑)。このアグレッシブさがあるから映画が進むんですけどね。
鬱屈し、停滞しているクラークはもしかすると「この空間の探索」という行為に知らずしらずに逃避したということなのかもしれません。


YouTube版を知らなくても大丈夫
シリーズ未見の人が一番気になるのは、「YouTubeを先に見ないと話がわからないの?」というところだと思います。これは、全然大丈夫です。映画単体で成立しています。
「ネットでこういうものが流行っていた」という知識がなくても、「家具店の地下に、ありえない空間が出現した」という時点で話に入れます。
『世にも奇妙な物語』や『トワイライト・ゾーン』のような、「日常のすぐ隣に、説明できない異常がある」というタイプの物語が好きなら、むしろ入りやすいと思います。
ただし、YouTube版を見たことがあると、「あ、この感覚だ」と反応できる部分はあります。
特にケイン・パーソンズの最初の『The Backrooms (FOUND FOOTAGE)』だけでも知っていると、ネットミームがどう映画へ発展したのかを感じやすいでしょう。
1990年代のビデオ映像が不気味
本作の舞台は1990年代です。そのため、クラークが『バックルームズ』を記録する時に使うのも、現在のデジタルカメラではありません。古いビデオカメラです。この映像がかなりいいんですよ。
画質が粗い。
ノイズが入る。
色も少し変。
動けば画面も揺れる。(手振れ補正無し!)
普通なら画質が悪いだけなんですけど、この作品だと、その古さが不安を強めます。現実の映像からビデオ映像へ切り替わると、一気にYouTube版『バックルームズ』の感覚へ近づく。この切り替えがかなり楽しいです。


ファウンド・フッテージ ……「後から発見された映像」を見ているという体裁で作られる映像表現。『バックルームズ』のYouTube版も、この形式を採用しています。
映像酔いには少し注意
一点だけ、映画館で観る場合に注意してほしいところがあります。ビデオカメラで撮影された場面では、手ブレがかなりあります。
走る。
急に振り返る。
カメラが大きく上下する。
そうした映像が続くところもあるため、乗り物酔いや映像酔いをしやすい方は注意したほうがいいです。特に映画館の大きなスクリーンだと、視界全体が動くので、より酔いやすくなる可能性があります。不安な方は、激しく揺れる場面では画面の端を見るなど、無理をしない鑑賞がおすすめです。
「映画を観る」というより「迷い込む」
この作品を一言で表すなら、やっぱり「映像体験」だと思います。物語の謎をひとつずつ解いていく楽しさもあります。でも、それ以上に、「自分がこの空間にいたらどうする?」と想像してしまうことが面白い。
右へ行くのか。
左へ行くのか。
戻るのか。
進むのか。
そもそも、今来た道は本当に同じ場所へ戻れるのか。映画を見ているだけなのに、方向感覚まで失ってくるような感覚があります。試写で観終わったあと、「大きいスクリーンでもう一回観たい」という感想がすぐに出ました。
怖いからもう見たくない、ではなく、もう一度迷い込みたい。そんなタイプの映画です。
『バックルームズ』まとめ


『バックルームズ』は、ネットミームとして始まった世界を、その生みの親のひとりであるケイン・パーソンズ自身が長編映画へ発展させた作品です。ホラー、ミステリー、SF。どれかひとつに分類するのは少し難しいです。
ただ、「現実のすぐ裏側に、出口のない異常な空間がある」という設定にワクワクできる人なら、かなり楽しめると思います。
何かが出るから怖い。血が出るから怖い。そうではなく、「この空間そのものが理解できないから怖い」。その感覚を大スクリーンと音響で味わう映画です。YouTube版を知らなくても問題ありません。知っていればさらにニヤリとできる。
そして観終わったあとには、きっと『バックルームズ』について検索したくなるはずです。映画『バックルームズ』は、2026年9月4日よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開です。
作品名:『バックルームズ』
原題:BACKROOMS
監督・脚本・音楽:ケイン・パーソンズ
出演:キウェテル・イジョフォー、レナーテ・レインスヴェ、マーク・デュプラス、フィン・ベネットほか
脚本:ウィル・ステイナー、ケイン・パーソンズ
製作:ジェームズ・ワンほか
製作年:2026年
上映時間:126分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公開日:2026年9月4日











