映画『時には懺悔を』レビュー|親と子の痛みを描く、中島哲也監督の新境地

探偵殺害事件と、9年前に起きた新生児誘拐事件。
2つの事件を追うミステリーとして始まりながら、やがて物語は「親とは何か」「子どもを愛するとはどういうことか」という問いへ踏み込んでいきます。
原作は、打海文三が自身の障がいのある息子を育てた経験を反映して1994年に発表した同名小説。『下妻物語』『告白』などの中島哲也監督が18年にのぼる映画化の構想を経て完成した、2018年公開の『来る』以来8年ぶりに手がけた長編映画です。
本作は単純な感動作や衝撃作でも、家族愛を美しくまとめた作品でもありません。
親だって逃げたいときがある。愛していても傷つけることがある。血がつながっていても向き合えず、血がつながっていなくても家族になることがある。そんな矛盾を抱えた人間たちを、想像以上に優しいまなざしで描いた作品でした。
『時には懺悔を』とは?


物語は、探偵・米本洋一(佐藤二朗)が何者かに殺害されるところから始まります。
事件を調べることになったのは、米本の元同僚で個人探偵の佐竹三雄(西島秀俊)と、探偵スクールで学びながら佐竹のもとで修行する中野聡子(満島ひかり)。米本が生前に何を調べていたのかを追ううち、2人は9年前に起きた新生児誘拐事件へたどり着きます。
そして浮かび上がったのが、明野哲夫(宮藤官九郎)と暮らしている9歳の少年・新です。新には二分脊椎症と、それに伴う水頭症があります。
佐竹たちは新の存在をきっかけに、9年前の事件だけではなく、自身を含めたさまざまな親子が抱えてきた過去にも向き合うことになります。
ミステリーだった前半から、ヒューマンドラマへ


誰が米本を殺したのか。9年前に何が起き、なぜ誘拐犯である明野は9年間障がい児の新を育てていたのか。
本作は、序盤では複数の人物と時系列が入り組んだミステリーのような姿を見せています。
ところが、話がつながり始めると作品の重心が変わります。気がつけば謎そのものに、登場人物たちが親として子どもとどう向き合ってきたのか、が主題となっていきます。
ミステリーを入口にしながら、後半ではヒューマンドラマとして人物の内側へ入っていく構成です。
「親子愛」に真正面からぶつかる


本作で特に印象に残ったのは、親子関係について一つの正解を示さないことです。
「自分の子どもなら無条件に愛せる」、そう言い切るのは簡単です。しかし、現実の子育てには疲労や孤立、焦り、後悔があります。
本作では、そういった親子のリアルを浮き彫りにしていきます。
子どもを愛しているのに逃げてしまった人、一生懸命育てているのに子どもを傷つけてしまった人、子どもとの関係を失っている人。
そして、血縁だけでは説明できない関係を築いた人……。さまざまな人物を並べることで、「良い親」「悪い親」、「本物の親」「偽物の親」という単純な二項対立では整理できない現実を描いています。
「愛せなかった瞬間があった」ことと、「愛していなかった」ことは同じではない。
そんな複雑さを残してくれる映画です。
親だけではなく、子をも貫く痛み


子育てを経験している人ほど、自分自身に引き寄せて考えやすいテーマではあります。ただ、本作は親だけを見ているわけではありません。
佐竹には、亡くなった息子・正樹のほかに、その姉である観月がいます。
観月はいわゆる「きょうだい児」です。
きょうだい児とは、病気や障がいのある兄弟姉妹を持つ子どもを指します。
家庭の中でケアが必要な子どもへ関心が集中することで、その兄弟姉妹が孤独や葛藤を抱える場合があります。
本作では、親が必死にもがく姿だけでなく、それを見て育った子どもの気持ちにも目を向けています。
そのため、子育てを経験していなくとも、親子関係に何らかの葛藤を抱えた経験がある、すべての人に届きやすい作品になっています。
西島秀俊が演じる「動けない」主人公、佐竹
西島秀俊が演じる佐竹は、脳性麻痺の息子・正樹を亡くしています。妻の由紀を柴咲コウ、娘の観月を山﨑七海が演じます。
佐竹は家庭を顧みなかった過去を抱え、そのことへの自責もありながら、酒に逃げて前へ進めずにいる人物です。
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佐竹を語る上で重要なのは、誰かから言葉を投げられたときの表情です。
何も返せずに黙る。目を合わせられない。動くべきなのに動けない。
その弱さが、佐竹という人物を作っています。
満島ひかり演じる中野聡子の危うさが物語を動かす
満島ひかり演じる中野聡子も強烈です。
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聡子は感情に従って突っ走り、相手の事情を考える余裕を失うことがある、決して模範的ではない人物です。
それでも、誰も動こうとしない状況で最初に踏み出すのも聡子です。
理屈どおりに動けない危うさを抱えつつ、必死にもがこうとする人間らしさがあります。
宮藤官九郎演じる明野が見せる「偽物」の温かい父性


宮藤官九郎が演じる明野哲夫も、本作で強く印象に残る人物です。
明野は9歳の新をひとりで育て、新の体調や好みを熟知し、日常の介護を淡々とこなします。
「偽物」であるはずの明野が9年の試行錯誤を経て見せる、温かい新への愛情が、無償の愛というだけでは語りきれない関係を強調します。
物語の道具ではなく、ただそこにある「障がい」
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本作を観るうえで、制作背景として知っておきたいのが、新をはじめとした障がいを持つ子どもたちのキャスティングです。
8歳の新を演じるのは、しんすけ。幼い新を諸角優空、佐竹の息子・正樹を山下舜太が演じています。
さらに病院や学校の場面を含め、20名以上のスペシャルニーズのある子どもたちが出演しました。
制作には理学療法士の安田一貴がスペシャルニーズスーパーバイザーとして参加し、しんすけの撮影日には家族が付き添い、救命士資格を持つスタッフを含む医療チームが常駐するなど、子どもたちに無理をさせず、「できない」と先に決めつけるのではなく、本人や家族と相談しながら撮影方法を考える体制が取られています。
劇中で新が発する声にも、しんすけ本人の声が使われており、音を大げさに加工して「障がい」を演出するのではなく、その場にいる本人の存在をそのまま捉えようとしています。
その結果、障がいが演出のための道具ではなく、ただそこにいる子どもたちが持つものとなっていた点が非常に好印象でした。
綺麗事でも絶望でも終わらない


『時には懺悔を』は、子育ての苦しさを否定しません。
本作には、子育てから逃げた人、間違えた人、子どもを傷つけた人が登場します。
だからといって、その人物を一度の失敗だけで切り捨てることもしません。
すべての選択を肯定も否定もしない、そんな距離感が印象的でした。
泣かせるためだけの映画というより、「自分ならどうするだろう」と考え続けるタイプの作品です。
まとめ
『時には懺悔を』は、9年前の新生児誘拐事件を追うミステリーとして始まり、さまざまな親と子の関係へと広がっていくヒューマンドラマです。
「本当の親なら愛せる」「家族なら分かり合える」、そんな簡単な言葉だけでは説明できない現実を描きます。
子育てを経験した人には、自分が抱えてきた迷いや後悔と重なる部分があるかもしれません。
一方、子どもの立場から見ても、親からの不器用な愛情を見つめ直すきっかけともなる作品です。
人間の弱さをかなり厳しく見せつつも、最後まで人間そのものを見放さない映画でした。特に印象的だった、救いの言葉で締めさせてください、「だいじょうぶだぁ」。
『時には懺悔を』は、2026年8月28日より全国公開です。
※著名人の皆さんからもコメントが続々と!
松たか子
試写室を出た後、真っ直ぐ家に帰れなかった。
私は何を見て生きているんだろう。何を善しとして生きているんだろう。
あんなに輝いている命を前に、言葉をなくす。たくましく、ふてぶてしく生きれば生きるほど、自分の弱さや脆さを認めることになる。
それは懺悔になるだろうか。
妻夫木聡
映画を観て、こんなに涙が止まらなくなったのはいつ以来だろう。
誰にでも、後悔や罪の意識がある。
幸せは喜びによって生まれるものだと思っていた。苦しみも幸せを支える一部なのだと悟った時、涙がとまらなくなった。
過去は消えない。それでも共に生きていく。その覚悟こそが「赦し」なのかもしれない。
武田真一(フリーアナウンサー)
私にも、重い障がいのある姪がいる。彼女を育てている弟家族は本当に大変だと思う。しかし、彼女の笑顔に、どれだけ私たちが救われてきたことか。障がいがあっても、周りの人を励まし、勇気づけることはできる!!そんな大切なことを教えてくれる映画だ。もちろん、サスペンスとしても超一級。キャストの演技も超一流。ハラハラして、じんわり心に沁みる秀作です。
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作品名:『時には懺悔を』
監督:中島哲也
原作:打海文三『時には懺悔を』(角川文庫/KADOKAWA)
脚本:中島哲也、門間宣裕
出演:西島秀俊、満島ひかり、黒木華、宮藤官九郎、毎熊克哉、鈴木仁、烏森まど、山﨑七海、唯野未歩子、野呂佳代、長井短、しんすけ、山下舜太、諸角優空、柴咲コウ、塚本晋也、片岡鶴太郎、佐藤二朗、役所広司
撮影:穐山茂樹
照明:大坪彰
録音・整音:伊藤裕規
美術:磯見俊裕、林チナ
音楽:香田悠真
スペシャルニーズスーパーバイザー:安田一貴
制作:REMOW
制作プロダクション:さざなみ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公開日:2026年8月28日











